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福岡地方裁判所小倉支部 昭和45年(ワ)574号 判決 1972年10月11日

原告

浅野弘人

ほか一名

被告

小住剛勇

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告ら各自に対し、それぞれ金一、一五三、三〇六円およびこれに対する昭和四四年八月三一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、原告らにおいて各々被告ら各自に対し金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときはその被告に対し、第一項に限り、仮に執行することができ、被告らにおいてそれぞれ原告ら各自に対し、金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(一)  原告ら

一  被告らは各自原告らに対し、それぞれ金三、一五五、四〇〇円およびこれに対する昭和四四年八月三一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決、ならびに仮執行の宣言。

(二)  被告ら

一  原告らの請求をいづれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決、ならびに被告ら敗訴の場合は、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二請求原因

一  交通事故の発生

訴外浅野敬太(当時三才二ケ月)は、昭和四四年八月三〇日正午頃北九州市小倉区白萩町一丁目交差点において、被告小住剛勇運転の普通乗用自動車福岡五ゆ七三九九(以下本件加害車という)に衝突され、よつて頭部外傷Ⅲ型(脳挫傷)の傷害を受け、右傷害に基く呼吸麻痺のため、同年九月三日北九州市小倉区宝町五一番地小倉記念病院において死亡した。

二  被告らの責任

(一)  被告小住剛勇

被告小住は、本件加害車を運転進行中、進路前方を注視すべき注意義務を怠り、漫然進行した過失により、訴外敬太を前方約八米の地点で初めて発見し、急制動を施したが及ばず、加害車の前部を同人に衝突させて、本件事故を惹起したものである。

(二)  被告吉武産業株式会社(以下被告会社という)

被告会社は、被告小住の雇傭主であるところ、本件事故は、被告小住が被告会社の顧客である補助参加人安永惠から、同人所有の本件加害車のオイル交換とエンジンの調子をみることを依頼され、被告会社の業務として、エンジンの調子を点検するため本件加害車を試運転中に惹起されたものであるから、被告会社は、加害車の運行支配、および運行利益を有し同車を自己のため運行の用に供していたものというべきである。

従つて、被告小住は民法第七〇九条、被告会社は自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条により、各自原告らの蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

三  原告らの損害

(一)  亡浅野敬太の逸失利益

亡敬太は、昭和四一年七月四日生れの健康な男子で、正常な知能を有していたから、満六八才に至るまで六五年間存命しその間高校を卒業して、満一八才から満六二才までの四五年間何らかの職業について収入を得ることができたはずである。

ところで、昭和四二年の労働省賃金統計調査によると、全産業一〇人以上の事業所に就職する男子の平均賃金は、別表のとおりであり、同表記載の各年令帯の合計賃金を各年令帯の最終年度に受け取るものとして、その間の年五分の中間利息をホフマン式(単利)計算法により控除した現価額は、合計金一〇、六二一、六〇〇円となる。

そして、同人の生涯にわたる生活費を平均して右収入の五割とし、これを右収入から控除すると、残額は金五、三一〇、八〇〇円となり、これが亡敬太の本件事故によつて失つた得べかりし利益である。

(二)  原告らの相続

原告弘人は亡敬太の父、原告カヨ子は敬太の母であるが、同人が前記のとおり死亡したため、同人の前記逸失利益の賠償請求権を各自その二分の一に当る金二、六五五、四〇〇円宛相続により承継取得した。

(三)  原告らの慰藉料

亡敬太は、原告らの一人子で、原告らは本件事故後四日間敬太の傍で必死の看病を続けたが、同人はついに意識を回復しないまま息を引きとつた。原告らは、敬太の後子宝に恵まれず、同人に大きな期待をかけていたが、同人が死亡したため甚大な精神的苦痛を受けた。この苦痛を慰藉するには、各金一、七五〇、〇〇〇円が相当である。

(四)  弁護士費用

被告らは、原告らの蒙つた前記損害を任意に弁済しないため原告らはやむなく本訴の提起追行を原告ら代理人に委任し、日本弁護士連合会の規定の範囲内で着手金、謝金を支払う契約をした。右弁護士費用のうち原告らにつき各金二五〇、〇〇〇円は、本件事故と相当因果関係にある損害である。

四  損害の填補

原告らは、自動車損害賠償責任保険より各金一、五〇〇、〇〇〇円宛、合計金三、〇〇〇、〇〇〇円を本件事故による損害の填補として受領した。

五  結論

よつて、原告らはそれぞれ、被告ら各自に対し、各金三、一五五、四〇〇円およびこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四四年八月三一日以降完済まで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

(一)  請求原因一項は認める。

(二)  同二項(一)は否認する。被告小住は、制限時速六〇粁で本件事故現場附近の幅員九米余の公道を、本件加害車を運転して進行中、前方左側の道路から浅野敬太が右公道の溝蓋の個所にとび出したのを発見したので、急制動の処置をとつたが、制動距離の範囲内であり、しかも敬太が加害車を認めながらそのまゝ右公道上に走り出てきたゝめ、及ばず、同人が加害車の前部に衝突顛倒して、本件事故に至つたものであるから、右は不可抗力による事故であつて、被告小住に前方注視義務違反の過失はない。

(三)  同二項(二)のうち、被告会社が被告小住の雇傭主であることは、認めるが、その余は否認する。同被告は本件事故の際、被告会社の業務のため加害車を運転していたものではなく、加害車の所有者である補助参加人安永の私用のため運転していたものであるから、被告会社は加害車の運行供用者ではない。

(四)  同三項のうち、原告らと亡敬太の身分関係が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

(五)  同四項は認める。

第四被告らの抗弁(過失相殺)

仮に被告らに、本件事故について損害賠償義務があるとしても、本件事故は、原告らが亡敬太の親権者であるのに、僅か三才二ケ月の幼児である同人を放置して道路を横断するに任せたゝめ、惹起されたものであるから、原告らには監督義務違反の過失があり、損害額の算定につき、右過失を斟酌すべきである。

第五抗弁に対する原告らの答弁

抗弁事実のうち、原告らが亡敬太の親権者であること、および同人が本件事故当時三才二ケ月の幼児であつたことは認めるが、その余は争う。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故の発生

被告小住が、昭和四四年八月三〇日正午頃本件加害車を運転進行中、原告ら主張の場所で訴外浅野敬太に衝突し、そのため同人が頭部外傷Ⅲ型(脳挫傷)の傷害を受け、これに基く呼吸麻痺のため、同年九月三日原告ら主張の病院で死亡したことは当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

(一)  被告小住

〔証拠略〕を綜合すると、本件事故の態様は、次のとおりであつたことが認められる。

すなわち、被告小住は本件事故当時加害車を運転して北九州市小倉区日明方面から同区白萩町方面に向け、幅員九米の市道を時速約六〇粁位で進行していたものであるが、右市道は略々直線で、被告小住の進行方向前方の見透しは良好であるが、その左(南)側は、高さ約二・四米の雑草が生い茂り、見透しが悪い状況であつたので、このような場合自動車運転手としては、右市道と交差する左側の道路から人や車の出現する場合を予想し、前方、左右を注視するのはもちろん危険を防止するに充分な速度で運転すべき注意義務があるのに、被告小住はこの点に思いを致さず、制限速度ぎりぎりの時速六〇粁位で運転したゝめ、右市道と交差する幅員三・三米の道路南(左)側から、小走りに市道に出てきた浅野敬太を約一六米手前で認め、直ちに急制動をかけたが、及ばず、加害車の前部を同人に衝突させたものであることが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定の事実によると、本件事故は被告小住の過失によつて発生したものというべきである。

(二)  被告会社

被告小住が、被告会社の被傭者であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、被告会社はプロパンガス、煉炭、石炭、コークス、燃料器具等の販売、ガソリンスタンド経営等を業とし、その一つとして、北九州市下到津に給油所を経営しているもので、右給油所では三級整備士一名、事務員二名、給油要員三名を雇傭し、ガソリン販売と、これに伴うサービスとして簡易な軽修理、エンジンの点検等をしていたこと、被告小住は、昭和四三年七月二一日被告会社の右給油所に雇われ、給油、オイル交換の仕事に従事し、顧客の依頼があれば、有償或いは無償で、自動車のブレーキテスト、エンジンの点検などをしていたが、昭和四四年八月三〇日予てから右給油所の顧客で、個人的な知人でもある訴外安永恵が、同給油所を訪れ、被告小住に対し右安永所有の加害車のオイル交換と、エンジンのきしむような異状音の原因を確めるよう依頼し、加害車を預けて立去つたので、被告小住はエンジンの調子をみるため、同僚の田島洋弐を同乗させて事故車を運転している途中本件事故を惹起したこと、以上の事実を認めることができる。

右認定の事実によると、本件加害車のエンジン点検のための右運行は、被告会社の給油業務それ自体ではないが、エンジンの簡単な点検、整備等は、被告会社においても顧客の依頼に応じて日常これをなしていたものであるし、一般に給油業者が、サービスとして簡単な点検、整備をすることは、公知の事実であるので、被告小住のなしたエンジン点検のための右運行は、被告会社の業務の一環として、同会社の利益に帰属することが明らかであるから、被告会社は自賠法第三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」としての責任を負うものと解すべきである。

そうすると、被告小住は直接の加害者として、民法第七〇九条により、被告会社は本件加害車の運行供用者として、自賠法第三条により、それぞれ本件事故によつて原告らが蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

三  過失相殺

民法第七二二条第二項に定める被害者の喪失とは、単に被害者本人の過失のみでなく、被害者側の過失を包含する趣旨であると解すべきところ、本件のように被害者本人たる訴外浅野敬太が、年令三年二ケ月の幼児である場合においては、右にいう被害者側の過失とは、被害者の監督者である父母たる原告らのように、被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をいうものと解するのが相当である。(右のうち、訴外敬太の年令、原告らが敬太の父母であることは、当事者間に争いがない。)

そこで、原告らの過失の有無について判断するに、〔証拠略〕によると、本件事故当日、原告浅野カヨ子は敬太を伴い外出した際、同じアパートに居住する訴外臺晴代及び同女の母と出会い、同女らと一緒に帰途に就いたが、途中臺晴代が敬太の手を引き、四人並んで歩いていたところ、敬太は、本件事故現場から二〇米位手前にさしかゝつた際、右晴代の手を離れて独りで歩き出し、右現場から一〇米位手前から小走りに走り出したが、右晴代が、駈けたら危いと声をかけたゞけで、原告カヨ子は、別段敬太を引きとめることもなく、右晴代らと話しながら歩いていたゝめ、独り前記市道上に出た敬太が、本件事故に遭つたことが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によると、本件事故は、原告カヨ子の亡敬太に対する監督が充分でなかつたことも、その一因となつて惹起されたものというべきである。

右のとおり、亡敬太に対する直接の監督上の過失は、原告カヨ子に存するけれども、これは被害者側の過失として、父たる原告弘人に対しても過失相殺の適用があるものというべきである。

以上のとおり、被害者側にも過失があつたものというべく、損害額を定めるにつき、右過失を原告ら双方に対し斟酌するを相当と認め、諸般の事情考慮のうえ、その割合を四割とみるを相当とする。

四  損害

(一)  亡敬太の逸失利益および原告らの相続

〔証拠略〕によると、亡敬太の父である原告弘人は、高等学校卒業後会社員として定職に就いていること、亡敬太は出生時難産ではあつたが、その後これといつた病気もせず、健康な男児であり、原告弘人は敬太に大学教育を受けさせたいとの希望をもつていたことが認められる。そして、敬太は死亡当時前記のとおり三才二ケ月の男子であつたが、第一二回生命表によると、三才の男子の平均余命年数は六八・五九であるから、同人は、七一才余まで存命し、その間少くとも高校を卒業して満一八才から満六二才までの四四年間何らかの職業について収入をあげ得たであろうことを推認するに難くない。

そこで、労働省労働統計調査部編昭和四二年賃金構造基本統計調査(賃金センサス第一巻第一表)により、全産業一〇人以上の常用労働者を雇傭する事業所に就職する男子労働者一人当りの平均月間定期給与額、および平均年間賞与その他の特別給与額を基礎にして、一人当り一ケ年の平均総収入を算出したうえ、各年令帯毎にその年令帯の最終年令に達したときに、その年令帯における平均総収入の合計額を受け取るものとして、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して、本件事故当時の現価を求めると、別表記載のとおりで、合計金一〇、六二二、〇四五円となる。

なお、敬太の生活費としては、少くとも右収入の五割を要するものと考えるのが相当であるから、これを右収入から控除すると、同人が得たであろう純収入は、金五、三一一、〇二二円となる。そして、これから原告らの前記過失を斟酌すると、残額は金三、一八六、六一三円となるところ、原告らは亡敬太の直系尊属であるから、同人の右逸失利益の損害賠償請求権を各二分の一の相続分に応じ、各金一、五九三、三〇六円(円位未満切捨)宛それぞれ相続により承継したものというべきである。

(二)  原告らの慰藉料

〔証拠略〕によれば、原告らは一人子である亡敬太の将来に多大の期待をかけていたところ、同人が本件事故により不慮の死を遂げたゝめ、甚大な精神的打撃を受けたことが認められ、この事実と本件事故の態様、原告らの前記過失等諸般の事情を考慮すると、本件事故によつて原告らの蒙つた精神的苦痛を慰藉するには、各金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(三)  弁護士費用

原告らが、本訴の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは、記録添付の原告ら作成の訴訟委任状によつて明らかである。しかして、原告らが右委任に伴う着手金、謝金として幾何の金員を支払い、或いは支払いを約したかは、これを認めるべき証拠はないが、通常弁護士に訴訟委任した場合、無償であることは異例のことであるから、原告らはその訴訟代理人に対し、報酬規定所定の範囲内の着手金、謝金を支払う旨約しているものと推認するのが相当であるところ、事案の難易、認容額その他諸般の事情を綜合すると、右弁護士費用のうち、原告ら各自につき金六〇、〇〇〇円をもつて、本件事故と相当因果関係にある損害と認める。

五  損害の填補

原告らが、自動車損害賠償責任保険より各金一、五〇〇、〇〇〇円、合計金三、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、これをそれぞれ原告らの損害((一)、(二))に充当したことは、当事者間に争いがないから、原告らの前項(一)、(二)の損害額から右金額を控除すべきである。

六  結論

よつて、原告らの本訴請求中、各々被告らに対し、各自金一、一五三、三〇六円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四四年八月三一日以降各完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は、理由があるので、正当としてこれを認容し、その余は理由がないので、失当として棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行およびその免脱の各宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森永龍彦)

別表

<省略>

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